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飛鳥山停留場とは

飛鳥山停留場

飛鳥山停留場は北区滝野川一丁目にある停留所である。

 

 

 

目次

飛鳥山の桜

紅葉の名所滝野川も幕末は騒然とした。元治元年(一八六四)幕府は外国船に備えて反炉と大砲錐
入水車の建造をはじめたが、維新を迎え、中途のまま放置された。

 

 

一飛鳥山一
元文のころ(一七一六~—四一)将軍吉宗が山植えさせて以来、飛鳥山は桜の名所となった。

「年を越えて花木林となる。爾しより騒人墨客は句を摘み章を尋ぬ。牧童樵夫は株を刈り薪をとる。

殊にきさらぎ、やよひの頃は桜花爛漫として尋常の観にあらず」。戦時中、荒廃したが再生した。

 

 

滝野川一丁目の停留所を出て、飛鳥山停留所に入ると、荒川線はほどなく本郷通り(旧岩槻街道)
と合さる。その右手一帯が飛鳥山公園である。

中世は豊島氏の領地で、元享年間(一三三一~二四)紀伊新宮の飛鳥明神を勧請したことから山名
となった。江戸時代の元文のころに将軍吉宗がこの地に山桜を植えさせたことは先に書いたが、
それ以後も補植をつづけたので、飛鳥山は江戸近郊第一の桜の名所となった。

山項には、成島錦江撰文の「飛鳥山之碑」や、勝海舟のきも入りで立った佐久間象山の「桜賦碑」
がある。明治六年(一八七三)、日本で最初の公園となった。

飛鳥山公園に隣接して旧渋沢栄一邸がある。庭内には栄一の胸像が立っている。

現在、この旧邸は竜門社が管理している。

 

 

旧渋沢栄一邸と栄一の胸像

 

 

荒川線は飛鳥山をほぼ半周して三ノ輪方面へとすすむ。

その途中、王子神社のすぐ北寄り下に扇屋がある。慶安元年(一六匹八)の創業というから古い。

釜焼き玉子が名物である。

音無川(石神井川)にのぞむ扇屋の座敷には、江戸の名残が色濃く残っている。

ついでながらこの扇屋は落語「王子の狐」に登場する。

また、滝野川の反射炉工事がはじまったときは、監督の武士でにぎわい、大いに繁昌したという。

 

王子稲荷門前の「くず餅」も王子名物のひとつである。

凧市のときなどは行列ができるほどだ。

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この記事を書いた人

都電で唯一の路面電車である荒川線で

毎日通勤しているサラリーマン

全国の路面電車も好きなので

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